1980年 すし屋で安心会計「マイコン寿司」システムの開発

【安心会計システム】開発:1980年

すし屋で安心会計「マイコン寿司」システムかの開発

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市場開拓部 企画課 東崎 俊久(当時 ソフトウェア開発担当)創業から5、6年、システム開発に特化していた頃、金沢市香林坊の寿司屋から「お客様が料金を気にして、安心して寿司を食べることができない。簡単にスマートに飲食代金を分かる安心会計をアピールしたいのだが、何とかならないか」と相談を受けた。アイ・オー・データにとって初めての飲食関連のシステム開発である。


当時、ソフトウェア開発を担当していた東崎俊久は『アイ・オーにとっても寿司屋にとっても、前例のない開発ですが、簡単な絵を書いたら大筋が決まりました』と笑う。システムは、カウンターの内側に置かれた操作卓に、カウンター番号と金額ボタンを配置した。濡れた手で触るので、防水対策としてラップフィルムを巻いた。注文を受けたら、このボタンを押してから寿司を握る。


この「安心会計システム」は当時発売されたばかりのシャープMZ-80Kを使用して作られた。お客さんがカウンターのボタンを押すと、客席側カウンターのLEDディスプレイに2秒ほど金額が表示される。食事を終えて代金を払うと、領収書がプリントアウトされる仕組みだ。

「話題を提供」の狙いは大成功!

「安心会計システム」システム的には単純だが、東崎は話題づくりのためアイデアを盛り込んだ。 『たとえば、その日の店の売上が一定額を超えたお客さまに対して、会計時にパソコンからファンファーレを鳴らしてお土産が当たるなど工夫してみました。当時は社員がまだ15人ほどの時代。和気あいあい楽しみながらアイデアを出し合いました。店の前に「マイコン寿司」の看板がかかっていました。これが絶好の話題提供になり、新聞やテレビに連日取り上げられました。また、「ホビー機(MZ-80)を活用したシステム」にスポットを当ててくれた記事もあり、当社にとっても大きなPRになりました。』と創業時を懐かしく振り返る。


まさか、寿司屋にマイコンを利用してシステム開発をするとは、だれも思っていなかったが、情熱を持って取り組んだり、皆でアイデアを出し合って工夫したりすることによって、あらゆる業態で発生するデータの入出力に周辺機器が応用できることをアイ・オー・データ自身も身をもって体験することとなった。 手ごろな機器がなかったため、自分たちで開発・自作をするようになり、やがてはそれを広く販売していくことが業務の柱になっていったのである。 周辺機器メーカーとしての足場を固める開発でもあった。

〜1980年の出来事〜
・巨人軍の長島監督が辞任、王選手が引退。
・歌手の山口百恵が引退。
・日本の自動車生産台数が1000万台を突破、アメリカを抜いて世界一になる。
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