【コンピュータFAXアダプタ「PCF-9600」】開発:1987年
ゼロからのスタート
まだ、電子メールという通信手段がなかった1980年代、企業間の通信ツールはFAXが不可欠だった。 ただ、せっかくPCで作ったワープロ文書も、印刷してFAX送信すると、文字が読み取りにくく、特に小さいフォントで印刷したものは解読不可能であった。
当時ソフトウェア開発担当だった乙村雅彦は、「PCから直接テキストファイルを送ることができれば、印刷コストの低減のみならず、データの品質劣化が防げるのではないか。さらに受信したファイルをそのまま文書メモリに保存できればさらに活用が広がる」と考えた。
開発のヒントは、NEC製の新型ファクシミリにあった。PC-9801シリーズと接続することでテキストファイルをそのまま送信できたのだ。 乙村は「送信ができるなら、受信もできるはず」とFAXの開発に着手した。 しかしFAXといっても「ファ」の字も知らない素人だ。社内に通信の専門家もおらず、図書館で調べ、専門書を読み、メーカーに問い合わせて・・・ゼロからのスタートだった。
『改良を重ねてもお客様から「途中で切れる」と呼び出しがかかる。当時は1回線を2股に分けて、一つは電話、一つはFAXという具合に並列で接続していました。FAX中であろうが、奥様が電話でいきなり「もしもし〜」と始まるわけです。デジタル機器ですから、イレギュラーな音(ノイズ)が入ると、通信エラーを起こすわけです。お客様に不具合の理由を説明しようやく納得いただいて、お客様も味方につけて最終的には応援してくれました。』と乙村は苦笑して当時を振り返る。
ペーパーレスで送受信
こうして、ペーパーレスで送受信できるコンピューターFAXアダプター「PCF-9600」が誕生した。「9600」から送信されるFAXは、プリントによる品質劣化が起こらないため、小さい文字が潰れないばかりか、「パソコンのプリンターで印刷するよりきれい」と評判になった。FAXを受け取ってわざわざ「どうしてこんなにキレイなFAXが送れるんですか」と問い合わせてくる取引先もあった。
その秘密は、漢字を表示するためのメモリー(漢字ROM)に、32×32ビットの高品位文字を搭載していたからだ。(当時パソコンの標準は16×16ビットであった。)パソコンのプリンター代わりに使用したり、プリントアウトした用紙を印刷用の版下に使用したりされるケースも少なくなかった。 「PCF-9600」の販促用マニュアルも「9600」で出力したペーパーを製本した。販売店で「このマニュアルは、9600で出力しています」と説明することが何よりの説得になった。
その後、モデム市場に参入していくことになるが、「この製品の開発によって、モデム・通信市場への参入障壁が低く感じられました。当時競合社に比べて“技術のIO”とよく言われたものです。この製品に限らず当時の製品は全体的にこういった技術的可能性を市場に提供していたと思います」と乙村は語る。 テキストファイルを、そのまま送信できるようになったのは、ファイルを印刷イメージとして保存するプリンタ・エミュレータションという技法により可能となったが、後にアドビ社がPDFファイルの概念を発表した1993年より、6年以上も前に同様の機能を開発していたことになる。